About 会社について

創業期

下請け生活を脱して得た、
唯一無二の立ち位置

創業者であり会長の今瀬 憲司は、メーカーの開発職出身。工業高校卒業後に入った自動車部品製造会社では、生産の効率化に繋がる装置の開発・設計を担当し、自らの企画した機械によって組立の自動化や検品の迅速化等を実現しました。現場の実態を見ながらゼロベースで自由に発想し、創意工夫を重ねて目的を達成するという仕事に生きがいを見出していた会長は、その後も幾つかのメーカーで同様の経験を積み、23歳の時、知人が立ち上げた会社へ移籍します。

しかし、いざ入ってみるとその会社は大手自動車メーカー系サプライヤーの下請けでした。言われたものを言われた通りに納入していれば、経営は安定する。そんな環境で会長に与えられた役割は、依頼された図面を依頼された通りに描き続けることでした。本来ならば設計者の腕の見せ所であるはずの高性能化に向けた提案も、そこでは全く喜ばれません。自由な発想や創意工夫から離れた仕事に楽しさを感じられるはずもなく、結局はすぐに退職。同時に、西加茂郡(現・豊田市)にあった自宅の裏庭にプレハブ小屋を建て、『有限会社イマケン機械』を設立し、32歳で独立を果たしました。

イマケン機械は、生産性向上に向けた改善提案を強みとする機械設計士事務所でした。創業当時の1977年は自動車産業が活況を迎えていたこともあり、会社員時代のつてを頼って御用聞きを始めると、次々と依頼が届きました。ただ、その中身は完成品メーカーの要望の落とし込み作業がほとんど。生産力向上に繋がる改良を図面に加えても「指定した以上の機能は必要ない」という言葉しか返ってこない上に、顧客要望や報酬はどんどん厳しくなっていき、気付けば独立前と変わらない、下請け仕事に苦しむ生活に陥っていました。

「これでは、何のために独立したのか、何のために仕事をしているのか分からないぞ」。そう思い始めた会長は、真の意味での独立を目指し、事業の見直しを決断しました。

イマケン機械が次に目指したのは、開発メーカーになること。需要はあるけれど、まだ実現されていない機械を作ることができれば、オンリーワンの企業として、二度と下請け仕事に振り回されないだろう――そう考えての選択です。そこからはまさに、仕事漬けの日々。まずは製造現場におけるニーズを知るべく、あらゆる分野の工場に足を運びました。図面作成は新たに雇ったアシスタントに任せ、机を離れる時間を確保したのです。夜、視察から帰ってきてからは製品の構想を練り、空いた時間には家族との生活のため、自身でも図面作成の依頼をこなす働き詰めの生活。それでも会長にとっては、就職して間もないころに感じたものづくりの醍醐味を思い出す日々であり、真の意味での独立がこの先に待っていると思えば、むしろ楽しく感じるほどでした。

そんな毎日の中で会長は、“割出とロック機構を一体化し、空気圧で駆動する小型のインデックス装置(割出・位置決め機構)” というニーズに商機を見出します。当時のインデックス装置は大型かつ割高なものが多かったため、これを小型化・低価格化できれば、日本中の工場で需要があると踏んだのです。急いで図面を準備し、協力者を確保して、試作を繰り返す事およそ50回。遂に初の自社製品である小型インデックス装置『ミニデックス』が誕生しました。そして『ミニデックス』の量産体制を敷くタイミングで、イマケン機械を法人化。社名も会長の出身地と創業場所に因んで改め、1980年、『加茂精工株式会社』が設立されました。

会長プロフィール

岐阜県美濃加茂市出身。家業である綿花農業を手伝う中で「糸車」の仕組みに魅せられ、機械仕掛けを含むものづくりに関心を抱く。工業高校卒業後は自動車部品メーカーに就職し機械設計者の道を歩むが、「下請け」の労働環境に馴染めず退職。32歳で『有限会社イマケン機械』を立ち上げ、自主独立した作り手を目指すように。その後、小型インデックス装置『ミニデックス』を発明し、1980年には社名を『加茂精工株式会社』と改め法人化。経営者 兼 発明家として手腕を振るい、2014年1月には同社の取締役会長に就任した。

現在

機械要素部品の雄へと成長し、
社内体制も進化

『ミニデックス』のような、世の中の機械装置に共通する機構を持った部品を「機械要素部品」と呼びます。加茂精工では『ミニデックス』以降も、全く新しい発想により多くの機械要素部品を発明しており、とりわけ、機械に加えられる動力を減じる「減速機」の分野においては、国内外で特許を取得した自社製品を複数有します。代表作である『ボール減速機』や『TCG(トロコイドカムギヤ)』は、一般的な減速機とは異なり、停止時のあそび(バックラッシ)が無いことが特徴。振動が少なく、機構のサイズも競合品に比べて小さいため、高精度な位置決めを求められる半導体製造用機械や、ガラスパネルの搬送を伴うディスプレイ製品の生産ライン、物流倉庫の省人化・自動化に貢献するマテハン用ロボットなどへの導入が相次いでいます。

独自研究により開発した特許取得品を扱っているため、納入先は日本全国だけでなく、海外にも及びます。例えば、1987年に商品化された自社初の特許取得製品『ボール減速機』は、1994年にアメリカ・韓国・台湾での販売を開始。1998年に『TCGシリーズ』を発売すると、同年のうちに韓国へ連絡事務所を開設します。2005年にはアメリカの機械要素部品商社とライセンス供与契約を締結したほか、2006年には中国にも連絡事務所を設置。近年は設備投資に注力する中国・韓国内の燃料電池メーカーでの導入が相次いでおり、 “KAMOブランド” は最先端のものづくりの立役者として認知を広げています。

社内においては2014年に事業承継が行われ、経営工学およびマネジメントを専門領域に持つ今瀬玄太が社長に就任。「一生の職場にできる中小企業」への成長を目標に掲げ、昇給・昇格要件の明文化を始めとした社内制度の改革や、実務の定型化・効率化による業務負担の軽減、役職者にも意見を伝えやすい社風の醸成などに取り組み、現在も進化を続けています。

将来

世界中の課題を解決する会社であり
続けるために

機械要素部品はその特性上、市場での寿命が比較的長いと言われています。これは、自社製品を搭載した装置が世界のどこかで活躍している限り、新調・交換のニーズが10~15年周期で訪れるため。実際に、創業のきっかけとなった自社製品『ミニデックス』や、1987年に販売を開始した『ボール減速機』は、発売から35年以上を経た今も一部品番の生産を継続しています。

しかし一方で、これらの製品は技術革新や産業構造の変化により、ニーズが減少していることも事実です。現在、加茂精工株式会社の主力商品となっているのは、1998年に誕生した『TCGシリーズ』。関連製品の最新モデルは2017年に登場していますが、それでも数十年後には『ミニデックス』や『ボール減速機』同様、需要が細ることでしょう。そんな時代が訪れた際、次なる看板となるような新製品を世に出すことと、その販路を開拓していくことが、今の私たちのテーマです。

世界では今、人々の生き方・働き方が大きく変わりつつありますが、加茂精工はこの変化をチャンスにできる会社です。先進国の労働人口減少は、倉庫や工場における省人化・自動化を加速させるでしょう。感染症の拡大により一気に普及したテレワークは、電子機器のニーズを跳ね上げ、半導体工場は生産力増強に追われています。SDGsを考慮した経済活動が求められる現代においては、移動手段の選択においても脱炭素化の視点が求められ、ガソリン車からEVへのシフトの加速は、燃料電池需要の急加速を意味します。こうした製造現場で威力を発揮する産業機械に共通して求められるのが、高精度の駆動制御および小型化・軽量化であり、加茂精工がまさに得意としている分野なのです。

何も無いところから新しいものを生み出す仕事は、簡単ではありません。しかし、それこそが発明家企業の存在価値であり、加茂精工が今後も下請けになることなく、真に独立した企業であり続けるための道でもあります。環境は私たちがご用意します。ですから、まずは共に考えましょう。そして、好きなことや仲間からたくさんの刺激を受けましょう。ものづくりの楽しさを最大化できる生活を、加茂精工で叶えてください。

社長プロフィール

愛知県豊田市出身。幼い頃から経営者として働く父親の背中を見て育ち、高校時代には「ものづくり企業の後継者としての役目を果たそう」と決意。浪人生活を経て青山学院大学 理工学部 経営システム工学科へ入学する。卒業後は同業他社となる機械要素メーカーで営業職を務め、実体験を通して業界知識を習得したのち、加茂精工株式会社へ入社。2014年1月には同社の代表取締役社長に就任し、主にマネジメントの領域から自社の発展を牽引している。